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わが思いの深き宿の数々

 投稿者:YURA  投稿日:2016年 8月12日(金)16時31分43秒
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   私の長い半生の中で、内外にわたり重ねた旅ごとに泊まった宿の中から特に印象深いものを抽出し、以下に順を追って述べてみたいと思います。

Ⅰ 三瓶(さんべ)温泉の宿〈島根県〉
  これは古く昭和18年5月、私ら県下の浜田にあった歩兵部隊が中国に派遣される直前のこと。それに備えて最後の演習を行うため、かなり高い三瓶山の頂上で実施すべく、山頂にあった温泉宿に二泊した。連日の猛演習に大汗を流し疲労困憊した後に入った、大きな浴槽に溢れ出る温泉で久方ぶりのゆったりし気分に浸った。そのあとは言わずと知れた山海の珍味に舌皷を打ちながらの、飲めや歌えの大宴会となった。

Ⅱ 霧積(きりずみ)温泉の宿〈群馬県〉
  昭和35年頃、職場の仲間10数名で訪れたが、最寄りの駅から山道を歩くこと3時間余で到達した、当時電気はなくランプの宿。人気絶大の宿で、目一杯予約を受けるため、寝るときは一騒動。まさに「鰮(いわし)の缶詰」状態で、頭と足を互い違いに横になったことが今なお生々しい記憶となっている。

Ⅲ ミラノのホテル〈イタリア〉
  平成7-8年の頃。私の勤務先の会社の輸出係として、ヨーロッパに点在する代理店一巡の出張の中の一つ。折悪しく市中は恒例のファッションショーの時期と重なり、市内のホテルは満杯。やむなく泊まったのが、郊外の正に田園の真っただ中に建つ木造二階建てのホテル。窓のすぐ下には清流が流れ、はるかに水車が廻っているのが望見された。めったに味わえない風情が特に印象に残っている。

Ⅳ コペンハーゲンのホテル(デンマーク)
  これもミラノ同様出張の折の宿。その名もふさわしく「アドミラル〈海軍の提督〉ホテル」といい、港の直近に位置し、そのロビーには船舶の大きな碇など船の備品が飾られていた。付近の掘割には大小様々な帆船が舷々相摩し停泊していた。その昔海賊の民族として名をとどろかせた面影をしのばせた。また近くの海岸には有名なマーメイド〈人魚姫〉の小さな像が岩の上に鎮座していた。その傍らをジョッギングしたのも覚えている。

Ⅴ 三斗小屋温泉の宿〈栃木県〉
  私がリタイヤー後加入した「鎌倉山歩き同好会」の山旅の折泊まった宿。平成10年頃、茶臼山〈那須連山の一つ〉登山の下りのコースから進路を急変、折から真っ盛りの紅葉の山道を歩くことほぼ3時間にして到着した山中の一軒宿。自家発電なるも9時消灯、以後ランプという素朴な宿で、食膳にはヤマメとか山菜など山の物がにぎわしていた。温泉の名の由来は米を牛が運ぶのだが、険しい山道の故一回三斗が限界であるとの、いかにも山の中の温泉にふさわしい名称である。

Ⅵ 乳頭温泉の宿〈秋田県〉
  これも山歩き同好会の催しの一つとして、上記のものと前後して行われた、秋田駒ケ岳登山後宿泊した宿。各種温泉が揃っている中で、最も人気の高いのは、湯煙で向こう岸がかすんで見えないくらい広大な、かつ足下には大きな石がゴロゴロ転がっている。あたりには真紅の紅葉と枯れすすきが風に揺れる、混浴の露天風呂。夜にはランプの光が湯面にきらめく風情はまさに野趣横溢といったところ。一年前から予約満杯との話もむべなるかなである。

番外編 天長城内の兵舎〈中国〉
   上記Ⅰ に記した中国派遣部隊が最初に駐屯したのが,安徽省の天長県の県庁所在地に鎮座する巨大な城壁に囲まれたのが天長であった。その市街地の奥に元県庁々舎と思しき非常に丈高き木造二階建ての建物があり、私は中隊本部の情報係として2階の一室があてがわれた。
  その30メートルは優にあると思われる高き屋上に展望台が設けられ、歩哨が交替で勤務する。遥か城外の田園風景を眺める時、どこに戦争があるのかという平和でのんびりした気分にひたされた。

以上一寸長くなりましたが、思い出すままに申し述べた次第であります。





 
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