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作田啓一氏逝去。

 投稿者:太田代志朗  投稿日:2016年 3月19日(土)05時45分14秒
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  京都大名誉教授の作田啓一氏が15日、肺炎のため死去。94歳だった。
故人の遺志で葬儀は行わない。
社会意識論や大衆社会論で知られる社会学者で、1969年の京大紛争でエスカレートする暴力に抗議し、
「無力な私は、私自身を苦しめるほかはない」と、2月の厳冬期にハンストを決行した。
もとより面識はないが、書庫からその著書を取り出し合掌。

高橋和巳は『わが解体』でそのストライキのことを痛切に書いている。
学園紛争の対立が激化する中で、高橋和巳は作田啓一のハンストの見舞に立ち寄るが特にいふべきこともない。
妙に見交はす「具合い悪い対面」に終始したのだった。

「オーバーを着たままマットの上に体を傾めに横たえておられたが、憔悴しきった作田啓一教授に学生はやいやいのと語りかけており、そして私にできたことは、自分のとまり込み用の膝掛けを置いてくることしかなかった・・」と。
知の主流の無力感と苛立ちがにじむ。

高橋和巳は動揺し混乱していた。
この運動のくだらぬことが”肉体的破産”をよぶ。
学校当局や学生との折衝に根もつき、深酒を仰ぎ、嗚咽していた。
それが京都に舞ひ戻った運命だが、いや高橋和巳は移り住んだ鎌倉や東京で文学放蕩に身をやきくづしているべきであったらうに。

http://www.uranus.dti.ne.jp/~ohta/

 
 
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