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なぜかマルドロール、栗田勇ーー平伏せよ人類よ。

 投稿者:太田代志朗  投稿日:2015年 8月27日(木)15時38分5秒
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  なぜか『ロートレアモン全集』を読む。
このロマン派の感傷性、高踏派の客観性、象徴派の意識性。
訳は栗田勇、人文書院1968年5月初版発行。
『マルドロール全集』3巻は、10年前にユリイカ書肆よりすでにでていた。

親交のあったAが京大仏文に入るとすぐボードレールの原書に取り組んでいた。
不肖は三流私大の哲学専攻で怠惰の日々をきめていた。
畏友小松辰男(現代劇場主宰)や京大の田辺繁治らが日大芸術学部の連中と『鎖陰』(監督:足立正生)を祇園会館で世にもスキャンダラスな上映にこぎつけやうとしていた。

入洛した寺山修司と河原町の六曜社であったのはその1カ月前のことだった。
寺山修司は拙作の戯曲『小喝食』のモティーフから放送劇『海に行きたい』を書き上げていた。

同人雑誌『対話』に入り、私は本格的に小説を書こうとしていた。
なぜか澤田潤(京大仏文、「VIKING」同人)が祇園のクラブによく連れていってくれた。
その流れの中で会った生田耕作に、
「ぼくは高橋たか子の騎士(ナイト)でありまして・・・・」
とほざく若者に生田さんは黙って酒を注いでくださった。

映画『鎖陰』上映前夜、その上映委員会メンバーから四條の居酒屋”静”に私は呼びだされたのだった。
そこに、おもいもかけず、どういうわけか、栗田勇がいた。
熱狂の60年代が鮮烈に染めあげる彗星の幻をみるやうなひひとときであった。
さりとて、栗田勇がフランス文学者とし何ほどのことかしっていたわけでない。

そして、時は蒼ざめ、巷のほそい迷路をぬけ、酔いどれのやうに流れた。
ミシンと洋傘との手術台の上の、不意の出会いのやうに美しいーー世界よ。
ーーマルドロールの歌の何かも分からぬ老生に、なほも汚辱の詩句がのしかかる。

 平伏せよ、人類よ。
 血が怒濤となって身体じゆう流れる。
 やっと、現実がうつつの夢をやぶってくれた。
                            栗田勇訳『マルドロールの歌』

http://www.uranus.dti.ne.jp/~ohta/

 
 
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