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極私的エロスの遡行

 投稿者:太田代志朗  投稿日:2015年 8月21日(金)11時25分3秒
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  夏8月、終戦記念日がやってくる。
たまたま川村湊著『戦後批評論』(講談社)を紐とく。
冒頭「われらにとって美とは何か」の服部達(l922~1956)のことにふれている。
服部達はメタフィジックな言語論的批評の先駆をなし新進気鋭の若手評論家として活躍。
こうした中で、「現代評論」を刊行する。
同人に奥野健男、島尾敏雄、村松剛、遠藤周作、日野啓三、清岡卓行、吉本隆明がいた。
あはせて進藤純孝の『文壇私記』を読むと、当時の文壇状況がよく分かる。

文芸ジャーナリズムを沸かせた服部達は八ケ岳山麓において失踪自殺した。
服部達の遺書である「最後の日記」、および村松剛の「服部達のこと」は、
当時右派左派両翼を切って毎号話題沸騰の綜合雑誌「知性」(1956年3月号:河出書房)に掲載された。

綜合雑誌「知性」編集部には山口瞳、古山高麗雄、竹西寛子らがいた。
だが1957年河出書房倒産により、その「知性」ブレーンを率いて小石原昭氏が知性社、知性アイデアセンターを創業。
現在の知性コミュニケーションズにいたる。

ちなみに京都における放浪苦悶の生活を切り上げた不肖は1968年3月上京、
ここに1995年5月まで糊口を凌ぐ。

激動の日々、文学・文芸主義を断裁した風景に共振することだった。
いや、それこそ酔狂な文学的深層としての反語であった。
言語の美への殉教であり、エロスとしての悲劇的遡行であった。

http://www.uranus.dti.ne.jp/~ohta/

 
 
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