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この人誰かなあ④

 投稿者:肖像君  投稿日:2017年 1月 9日(月)20時01分10秒
  シブストさん、早速、有り難うございました。シブストさんは、どなたか、分かっていたのですが、意味が解らなくて、後回しにしようと思っていた所です。シブストさんらしい、ロマンチックなニックネームですね。私の「肖像君」は単純です。昭和3年生まれ、の昭三を肖像に置き換えただけです。ではまた続きを投稿させていただきます。新年のちょっとしたゲーム感覚で。  

この人誰かなあ③

 投稿者:シブスト  投稿日:2017年 1月 9日(月)16時37分9秒
  肖像君のお陰で少し見当がつきました。ところであなたはどうして肖像君なのでしょうか?
私「シブスト」は、渋いとかシブチンではなく、ケーキの名前です。
パイまたはスポンジのベースに、カスタードクリームとメレンゲのふんわりとしたクリームに、こんがり焦がしたカラメルの組み合わせ、その上にリンゴなどが載った美味しいお菓子です。違った味のハーモニーが素晴らしいのです。まるでムジカおさらぎのハーモニーのようです。
由来はフランスの菓子職人の名前で、正しくはシブーストなのでこれからそう書きます。
 

この人誰かなあ②

 投稿者:肖像君  投稿日:2017年 1月 9日(月)09時22分45秒
  ニックネームに、ご本人の名前、または名前に良く似たものを使っておられる方は、割合、多いようです。「ぴろりんさん」「順ちゃん」「yuraさん」「yuriさん」「てるてるさん」などでしょうか。
 

この人誰かなあ①

 投稿者:肖像君  投稿日:2017年 1月 9日(月)09時04分5秒
  ムジカの掲示板を見るのは、楽しみの一つです。だいたいの常連さんは、7、8人でしょうか。それらのニックネームを見て、誰かなあと想像してみたりもします。例えば「犬吠埼さん」。これは大変、謙遜されたニックネームだなあと感心します。犬吠埼とは、千葉県銚子のはずれ、即ち調子がはずれている。という揶揄です。ご本人は、どうしてどうして、バスパートの中心的素晴らしい声の持ち主なのです。「へ音記号さん」へ音記号は譜表上、かたかなへ音の位置を決める記号で、はじめFの字を使用したのが、だんだん模様化されて、現在のような記号になったもの。Fは、ご本人の頭文字で、これまた、バスの中心的存在です。  

追伸:望先生がご存じないのは無理ないですね

 投稿者:犬吠埼  投稿日:2017年 1月 8日(日)20時26分23秒
  ハイパーリンクについて昔のteacupの知識でした。
今はこの掲示板上の下線のあるアドレスをクリックするとyoutubeにつながります。
表示されているタブの×をクリックして終了すれば掲示板に戻ります。
 

望先生がご存じないのは無理ないですね

 投稿者:犬吠埼  投稿日:2017年 1月 8日(日)17時39分44秒
  我が国でシャンソンがよく歌われたのは1950年、1960年の頃ではないだろうか。
私が大学に入り、青春していた頃でラジオや喫茶店でかかっているレコードなどでよく聞いた覚えがある。大学で第二外国語にフランス語をとったせいもあり、今でもその頃のシャンソンの題名はフランス語ですぐ出てくるし、フランス語の歌詞もだいぶ覚えた。銀座に「銀巴里」ができたが、敷居が高く前を通っただけで、もっと小さいシャンソン喫茶などには行った。

だから、シャンソンよく聞いた年代の方々はムジカでも70歳以上だろう。望先生がご存じないのは当然である。
私はクラシック音楽は好きでよく聞いていたが、次がシャンソンで、ジャズに興味が出たのはその後である。

アダモはいくつもの曲を歌っているが、私は「サン・トワ・マミー」と「雪が降る」(私はこう覚えている)。「雪が降る」はフランス語の題名、歌い出しが「トンブラネージュ」と覚えやすいのでよく口ずさんではいたが、その頃はテレビもカラオケもない時代で、歌うことなんてなく、「ムジカおさらぎ」に入団して初めて歌うことを覚え、今シャンソンを歌えるのは楽しい。

アダモが歌っている「サン・トワ・マミー」と「雪が降る」はYoutubeに沢山載っているが、この掲示板は静止画像は入力できるが、動画、音楽の投稿を受け付けていないので(本来は可能だが、現在の管理状態では許可されていない)Youtubeのアドレスだけ載せておく。
掲示板上でこのアドレスをクリックするとYoutubeにつないでくれるが、戻るのは←ボタンを何度も押さないといけないので、見たい人は以下をwordにコピーしてから見るとよい。各アドレスの最後にカーソルを置いて改行する(Enterキーを押す)とハイパーリンクが設定される(下線がつく)ので、Ctrlキーを押しながら(行上でカーソルが指マークに変わる)クリックするとページが開く。

1.雪が降る:デビュー時の動画。Salvatore Adamo - Tombe la neige (1963)
https://www.youtube.com/watch?v=cNV4uQ1zHEg
2.雪が降る:日本語 日本語版レコードジャケット静止画
https://www.youtube.com/watch?v=zVqUJTMo1z4
3.サン・トワ・マミー:デビュー時の可愛いアダモ。Salvatore Adamo - Sans toi ma mie 1963
https://www.youtube.com/watch?v=xS2cHDko2wM
4. サン・トワ・マミー:日本公演ライブ 日本語+フランス語 “女の心”の歌詞を“男の心”に変更しているのがご愛敬。Salvatore Adamo (Live in Japon) - Sans toi mamie
https://www.youtube.com/watch?v=eZ9uH5uUbxo

ちなみに、前回書いた忌野清志郎のサイトはYoutube側で削除されてしまった。ヘビメタのサン・トワ・マミーでおもしろかったのに。
 

わが追想の初日の出紀行

 投稿者:YURA  投稿日:2017年 1月 5日(木)15時53分42秒
    いつのことか定かでないが、私が毎年のように初日の出を拝するようになったのは、たしか60歳代になってからと推測される。

  初めのうち何回かは大船の我が家から今泉台を経て、山道を半ば走るようにして急ぎ、ゴルフ場の裏山から大勢の人に交じって見物することを常としていた。

  当時ジョッギングをしていたので、次いで自宅前の県道を江の島目指して一目散、岩屋から初日を拝したり、島に渡らず海岸通りを韋駄天走り、偶々稲村ケ崎にさしかかった時刻に日の出となる様相に、急ぎ人の後について岬の反対側の山頂から初日を拝んだ。

  また当時会社の同僚の茅ケ崎の住人に誘われて、大磯の裏山の「湘南平」に行ったのが最初で、それが縁で以後10数回通うようになった。

  山そのものはそう高くはないが、遮るものがあまりないため見晴らしは絶好、下には相模灘、烏帽子岩の姿も望める。西には伊豆半島の山々、丹沢山脈を従えるように玲瓏たる富士の峰。朝日が昇るにつれ冠った雪が麓に向かって次第に紅色に染まる光景はまさに「息を飲む」という表現がピタリとあてはまる。

  そんな初日の出紀行も寄る年波には勝てず、数年前徒歩30分の台峰に行ってみたが、その急坂にアゴを出しやっとの思いで頂上に達し初日を拝んだが、一回でコリゴリ。

  一昨年モノレールに便乗、やや高台にある目白山という駅で多数の人に交じって初日の出を拝んだのが最後になった。

  申し遅れましたが、
      あけましておめでとうございます。
      今年のムジカの更なる発展と、皆様方のご健勝を心よりお祈りいたします。



 

新春ギャラリー展

 投稿者:シブスト  投稿日:2017年 1月 5日(木)08時32分45秒
  1月4日、鎌倉市長の挨拶で恒例の「新春ギャラリー展」が始まりました。今年は「写真の力」をキーワードにして、いろいろな文化活動の写真が展示されています。写真連盟は各所で入賞した写真を展示し、中央図書館は50年ほど前の鎌倉各所の懐かしい写真を展示しています。文化協会は傘下の20の連盟それぞれの活動を写真で見せています。合唱連盟のパネルの中央には、むじかおさらぎの大きな舞台写真があります。美術、書道、彫刻、演劇、マジック、リコーダーなどなど鎌倉の文化活動の全容が写真で見られます。
8日(日)まで学習センター地下のギャラリーで開催されているので、6日(金)の練習の後でもご覧ください。
 

更新しました

 投稿者:HP委員会  投稿日:2017年 1月 3日(火)19時41分6秒
  ホームページ委員歌のサロンのページを担当しています「フーセン」です。
掲示板をご覧になって頂きまして有難うございます。
今年も皆さまに楽しんで頂けるページを作るよう委員会は努力してまいります。
どうぞ宜しくお願い致します。

12月歌のサロンのページを更新いたしました。
ココをクリックしてお楽しみください。


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2017年ウィーンフィルニューイヤーコンサート

 投稿者:ヘ音記号  投稿日:2017年 1月 2日(月)13時48分14秒
編集済
  ムジカのみなさん、新年おめでとうございます。
今年のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートはほんとうに楽しい聴き初めて゛した。ベネズエラ生まれの若い指揮者による演奏でした。彼はウィーンフィルをすでに50回も指揮しているそうです。そのせいか、ウィーンフィルの伝統的な優雅さに加え、指揮者ドゥダメルの軽やかな明るさがよくなじんでいました。

ウィーンフィルでお馴染みのライナー・キュッヘルさんは退団され、コンサートマスターは代わりましたが、女性のアシスタント・コンサートミスを加え、7人ほどの女性奏者の姿が映されていました。一曲終わるごとに、ドゥダメルはコンマスやコンミスと握手を交わし、楽員全員を立たせている様子など、オケメンバーを称えているいるところにも感銘を受けました。

前半のスケーターズワルツ、後半のチク・タク・ポルカ等の軽やかなこと・・・。そして、アンコール曲のポルカ「喜んで」や「美しき青きドナウ」でも、ドゥダメルの軽快さが滲み出していました。青きドナウでは過去に演奏されたバレエ場面からの映像が回想風に流されていたのが効果的でした。恒例の「ラデッキーマーチ」になると、指揮に合わせた観客の手拍子がたいへんよく揃っていました。このお客さんたちにも拍手を送りたい感じでした。

ところで、今年はバロック時代に活躍したイタリアの作曲家、モンテヴェルディ生誕450周年を記念する年に当たります。彼の作曲したオペラ、「ポッペアの戴冠」や「オルフェオ」が有名です。日本でも昨年10月に、鎌倉八幡宮の舞い殿で、オルフェオ・ジャパンと銘打った公演がありました。このときの様子はNHKテレビで放映されたので、ご覧になった方もあると思います。能や日本舞踊や雅楽も取り入れた上演であったようです。見逃したのが残念でした。

2017年の今年、我らの歌うモツレクやシャンソンが、ウィーンフィルのニューイヤー・コンサートのように明るく、楽しい年であるよう、願っています。
 

わが最も深き印象の歩け大会

 投稿者:YURA  投稿日:2016年12月27日(火)15時29分53秒
    私は旧制中学の後半頃より山歩きなど歩くことに魅力を覚え、既述のように18歳のころ、真夏川崎の登戸から明治神宮に至る100キロのコースを夜を徹して歩く大会に参加したほか、60歳を過ぎても参加した無数の歩け大会の中から最も印象に残るものを抽出して以下にご紹介します。

Ⅰ 日光、中禅寺湖畔一周の大会
  これも真夏に弟と共に参加した。前日早く到着し奥日光の戦場ヶ原を散策。立ち並ぶ白樺林、中でも一際立派な「女王」(?)とも呼ばれるもの、湯の滝と称される見事な滝など見物した後民宿に到着。ひと風呂浴びた後ビールを飲みながらのすき焼きを堪能。翌朝食事もそこそこにスタート地点に向かった。25キロに及ぶコースは平坦と思いきや、半ば以上は細く険しい山道で大いに難儀した。そのため1時間5キロと計算し5時間もあれば十分完歩出来るとの予測は大幅に狂い7時間余もかかったのにはいささか驚かされた。ゴールで待ち構えた写真班に二人並んで撮影された。後のビールの味は格別だったことは言わずと知れたこと。

Ⅱ 横浜の保土ヶ谷区内一周の大会

  これには区内在住の弟に誘われて参加したが、季節は晩春の頃の27キロを歩く大会。多数の同好の士とスタートしたが、間もなくそのスローペースにあきたらなくなって途中からピッチを大幅に上げ、10数分もすると遥か彼方に二人連れの仲間を発見。良き目標と懸命に歩くうちに追いつき、しばらくすると相手は徐々に遅れ始めた。ふと前を見ると後ろに小旗をひるがえしつつ走る先導らしき自転車を発見、ということはどうやらトップになったらしい。そのまま更にピッチを上げゴールインしたが、到着後係員らしき人からインタービューを受け、翌月の区の広報に掲載された。

Ⅲ 「歩け鎌倉」の第一回大会

  今でも行われていると思うが時は5月末。私はその最初の大会に参加し、一着でゴールに到達した。第一小学校をスタートし、鎌倉宮から獅子舞ケ谷を登り鎌倉アルプス(?)を経由、今泉台を降って街中をひたすら歩き、大船駅を越えて玉縄ー深沢―鎌倉山―七里ガ浜から腰越の浄泉寺をゴールとする23キロのコースをトップで踏破し、記念のタオルを贈られた。
  その後も大会には毎年10数回参加したが、コースは15キロと10キロに短縮されたようだ。

追記 1 私の当時の膝の筋肉は相当強靭なものであったと思うが、その後の鍛錬を怠ったため、筋力は次第に大幅に衰え、今では日常歩くのに杖(注〉が頼りという情けないことになり、大いに悔やんでおります。(注 その杖はオーストリア産のもので10数年山歩きに愛用していた)

追記 2 私の今年中の埒もない話にお付き合いいただき、まことに有難うございました。皆様方におかれましては、来年も一層よい年でありますようお祈りいたします。


 

なぎさ道のクリスマスコンサート

 投稿者:ぼんぼり  投稿日:2016年12月27日(火)14時48分4秒
  12月26日ジュニア合唱団なぎさ道のクリスマスコンサートが、学習センターホールで開かれました。男声合唱団 牧神(パン)が賛助出演し、佐藤望先生、工藤ななえさんの独唱が花を添えました。ムジカおさらぎからも大勢の方が来場され、会場の皆さんと一緒に沢山のクリスマスソングを歌いました。  

順ちゃんへ

 投稿者:ぴろりん  投稿日:2016年12月18日(日)16時57分28秒
  順ちゃんこんにちは♪
久しぶりの投稿ですね

楓葉(かえでは)の行方見送る 谷川の
         流れさやかに 水澄み渡る

散る紅葉 渓谷底の 乱れ獅子
         浮きつ 沈みつ うたかたの夢

散り残る 楓葉渓の 宙(そら)ふるへ
         煙という字の雲 流れ行く

下の句を詠めということかと勝手に解釈して詠みました。
間違っておりましたら失礼をお許しください。

なお、順ちゃんがおっしゃっていらした『ムジカの練習風景』は
【近道】←こちらをクリックするとご覧になれます。
又、他の月の練習風景は同じページの右上にある
   をクリックしてお読みになれます。    
 

上手な負けっぷり

 投稿者:YURA  投稿日:2016年12月14日(水)14時06分45秒
    有名な作家の阿川弘之の随筆集「大人の見識」中にある掲題の一章に興味を覚えたので、以下にご紹介いたします。

   終戦の大任を果たした鈴木内閣の後を受けた東久迩内閣の外務大臣に迎えられたのがかの吉田茂である。

   「戦争に負けて外交で勝った歴史がある」という有名な吉田発言があるが、その心構えでGHQとの交渉に臨んだのであるが、吉田は彼らと渡り合うのに屡々独特のユーモアをもってした。

   お堀端の進駐軍総司令部へ行って「GHQとはどういう意味ですか」と聞いた話がある。「ジェネラル・ヘッド・クオーターの略で」と勿体ぶって答えるマッカーサーに「ああそうですか、私はGo home quickly〈早く家へ帰れ〉の略かと思っていた」と吉田外相が言い返したそうで、まんまとひっかかったマッカーサーは嫌な顔をしたかも知れないが、こんなやりとりがあって、あの権力者と次第に率直な話し合いが出来る間柄になっていくという。

   週末を大磯の自邸で過ごした吉田〈当時首相〉が、まだ「ワンマン道路」が出来る前のこと。閣議の時間に遅れそうになり、横浜市内の道路を飛ばしていたら、アメリカのMPに停車を命ぜられた。向こうはスピード違反だと矢継ぎ早に詰問するが、運転手も秘書官も英語が分らない。御大が何か言ってくれればいいのに、葉巻を吹かして知らん顔をしている。とうとう車ごと憲兵隊へ連行されるのだが、そこには二世の将校がいて「この人は日本の総理大臣じゃないか」ということで大騒ぎになった。憲兵隊長が部屋に招き入れて「なぜウチの兵隊に自分は閣議に急ぐ日本の首相だといってくれなかったのですか」と訊ねたら、漸く吉田が口を開いて「I cant understand American」(アメリカ英語〈注〉で喋られてもわからんよ)。これまたずいぶん人を食った話である。

追記:「吉田は英国駐在大使を務め、英語には十分堪能なはずである。こういう機知に富んだ応対の仕方、吉田は英国のチャーチルに似ているね」と誰だったか外国の政治評論家で、吉田とチャーチルを比較して「二人とも名門の出だし、人を人とも思わぬ頑固な保守主義者だし、確かに似ている」と評した人がいた。

注:アメリカ英語は確かに英語ではあるが、スラング〈俗語〉が多く、一寸異質な英語だといわれている。

 

紅葉三題

 投稿者:順ちゃん  投稿日:2016年12月 9日(金)15時29分56秒
編集済
  楓葉(かえでは)の行方見送る 谷川の

散る紅葉 渓谷底の 乱れ獅子

散り残る 楓葉渓の 宙(そら)ふるへ
 

サントワ・マミー:奇妙な日本語歌詞

 投稿者:犬吠埼  投稿日:2016年12月 8日(木)18時00分33秒
  先週から「サン・トワ・マミー」の譜読みがはじまった。日本語歌詞は岩谷時子で1964年頃、
越路吹雪の歌でヒットした懐かしい曲である。若い頃シャンソンが好きだったので、よく聞い
たものだが、その頃からこの歌詞に違和感を覚えていた。
サン・トワ・マミーとカナで書かれるとマミーはお母さんかなっと思ってしまうが、
アダモの作詞作曲のこの歌の題名は
Sans toi m'amie で m'amieはma amie の省略で私の女友達、Sans toi はお前なしでは
ということだから、題名は「僕のいとしい人よ、君なしでは」という若い男の嘆きの歌で
ある。
ところが越路吹雪が歌った岩谷時子の詞は“去っていった 男の心”と女が男に対する歌
になっている。それならサン・トワ・モナミ(Sans toi mon ami)と友達は男性名詞にし
ないとおかしいではないか。男の思いの歌を女性がカバーするのは演歌、歌謡曲ではふつう
にあるのだから、アダモの歌った詞を訳して歌えばよかったのに。
調べてみたらロックバンドのRCサクセションがこの歌をカバーしていて、ボーカルの忌野
清志郎は岩谷の詞をもとにしなから、男の歌としている。

https://www.youtube.com/watch?v=smKeWmxSPVA

ま、日本語はいい加減で、英語としては通じない和製英語も氾濫しているのだからしょう
がないが(最近テレビで気になるのはボリューミーなという表現で、何の意味なんだろう)。

アダモの「雪が降る」も取り上げるそうだから楽しみである。
 

更新しました

 投稿者:HP委員会  投稿日:2016年12月 7日(水)23時36分24秒
  ムジカおさらぎのホームページ「演奏会のお知らせ」に
{第17回白いうた青いうたフェスティバル」の報告を
載せました。

ここをクリックして、トップページをひらいて
「演奏会のお知らせ」をご覧ください。
 

更新しました

 投稿者:HP委員会  投稿日:2016年12月 2日(金)21時18分41秒
  歌のサロンのページを更新しました。
ココをクリックしてご覧ください。

小笠原伸子さんのヴァイオリン独奏・・・
北原葉子さんのピアノ独奏・・・
佐藤 望さんのバリトン独唱・・・

動画、アルバム、スライドショーでお楽しみください。




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鎌倉の紅葉

 投稿者:シブスト  投稿日:2016年11月30日(水)21時59分4秒
  鎌倉でも紅葉が美しくなりました。例年に比べると少しさえない感じがありますが、美しい紅葉もあります。写真は26日(土)に円覚寺で撮影したものです。ベストはもう少し後だと思います。  

オペラ「ナクソス島のアリアドネ」を観て

 投稿者:ヘ音記号  投稿日:2016年11月27日(日)16時46分8秒
編集済
  昨日26日、二期会公演「ナクソス島のアリアドネ」を日生劇場で鑑賞。この日と23日、望さんが脇役で出演。主役にはアリアドネ役の林正子(ソプラノ)、コロラトゥーラソプラノのツェルビネッタ役で活躍する高橋維、バッカス役の片寄純也(テノール)を当てていた。

そして舞台は・・・。プロローグでウィーン貴族の館と、後半ナクソス島(孤島)にある洞窟の二幕である。それを、今回はライプチッヒ歌劇場との提携で現代風に変更。すなわち、どこか都会のホテル風建物内と、その階上大広間といった設定である。プロローグの舞台となった一室の背景には大きな駐車場が設けられ、オートバイや車が駐車している。舞台下手にはドアで仕切られた男女化粧室もある。また、後半の幕では、大広間に置かれたテーブルに、アリアドネや、他の出演者たちが座っている。上手側には長いカウンターが設けられ、望さんも終始、給仕役を務める。

衣装や小道具も、恐らくライプチッヒ歌劇場で使われた物に合わせたようで、たいへんに凝ったものであった。特に、後半の幕ではツェルビネッタやコメディアン4名の早変わり衣装など、みごとな演出であった。また、アリアドネに付き添うニンフ3名は蝶のような白い羽を付け、翅の周りの赤いランプなど注目の的になっていた。

望さんの歌う場面はプロローグの初めにあり、少なかったが、貴族の召使役として各出演者の世話をこまごまと演じていたし、執事役で歌った多田羅廸夫の久しぶりに聞く声も嬉しかった。もちろん、ツェルビネッタがコロラトゥーラで歌うアリアは拍手と歓声に包まれるほどであったし、コケティッシュな演技や、4人のコメディアンとの歌い交わしも楽しめた。アリアドネの悲しみのアリアや、バッカスとの二重唱も聴かせる一こまであった。劇中、後半のオペラ部分を作曲した作曲家役の白土里香(メゾソプラノ)も、プロローグ場面では、ツェルビネッタと言い争ったり、同意したりと、激しいやり取りを着実に歌い演じていた。

当日、オケピットで演奏の東京交響楽団は、R・シュトラウスの意図した曲想を柔軟にこなし、小編成ながらも、シモーネ・ヤングの指揮のもと、充実した音楽を聞かせてくれた。というわけで、白い歌青い歌には出られず、残念な気もしたが、久しぶりの楽しいオペラ鑑賞となった。
 

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