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知らない町の探検隊(戸塚編)

 投稿者:ぴろりん  投稿日:2017年 4月24日(月)00時01分49秒
  桜の季節も終わり
新緑の候となりました。
爽やかなお出かけ日和が続きますが
皆様いかがお過ごしですか?

先日のムジカおさらぎの練習日も
気持ちの良い一日でしたね。

見知らぬ町の見知らぬ所。
アッチを眺め
コッチを見上げ
私はオノボリサン丸出しで探検をしました。

駅からホールのある連絡通路
見下ろすと車道に沿って植え込み。
通路の側を車がビュンビュン飛ばして通っています。

   

歩道を歩く人も少なくて
二階の連絡通路が歩道のような構造になっています。

私ははじめの頃
*ホームからエレベーターを下りに乗ったらダメ*
*エレベーターは上りに乗るのよ*
呪文のように唱えていても迷子になりました。

慣れで歩いたらダメ
その度に反省したものです

慣れで歌ったらダメ
ムジカの練習でも同じようにご注意を受けて
アレレ・・レ??
同じように反省しています。

反省してもすぐ忘れる
忘れん坊の名人にもなりました。
・・・昔は物忘れをしなかったような顔をして ♪(@^▽^@)♪

ムジカの練習風景4月21日号 ← よろしければこちらもご覧ください。
 

ふるさとの四季豆知識④

 投稿者:肖像君  投稿日:2017年 4月21日(金)14時25分2秒
  「冬景色」さ霧のさは接頭語。「小春日」とは、中国から来た言葉。約1400年前の荊楚歳時 記に、10月頃、天気和暖にして春に似たり。故に小春日という。今の11月~12月の頃  「雪」の雪やこんことは池田弥三郎によると、「雪や来う、来う」と書き「もっと、降って来い」という意味とか   

ふるさとの四季豆知識③

 投稿者:肖像君  投稿日:2017年 4月21日(金)14時04分0秒
編集済
  茶摘み 八十八夜 とは 立春から数えて88日目、5月2日頃、今はもっと早く摘むが、昭和30年代(1955~1964)は、茶摘みは八十八夜と決まっていた。 「あかねたすき」あかねと言うツル性の植物からとった染料で染める(暗赤色)                  「夏は来ぬ」卯の花とはウツギの花。忍び音とは旧暦4月、今の5月のホトトギスの初音をさす。「さみだれ」陰暦5月に降る雨のこと。早乙女の早は接頭語(稲の意)陰暦5月に田植えをする女。裳裾とは衣装の裾の事。玉苗とは早苗       「われは海の子」とまやとは芦で屋根を葺いた粗末な小屋の事  

生ニシンの屋台

 投稿者:YURA  投稿日:2017年 4月19日(水)13時34分20秒
    先頃読んだ「司馬遼太郎の風景」を題名とする随筆集にもとずき、NHKの「オランダ紀行」と称する取材班が行った、司馬遼太郎の足跡をたどる紀行文の中に、一寸興味を惹かれる標題の一章があったので、以下に記してみます。

  春になるとオランダでは、その年の初物のニシンを生で食べさせる屋台が出る。ライデン開放の日から100年の歳月を経た今日でも、オランダの人々はニシンのしっぽをつまんで、生のままたべるという。

  この話は有名で、司馬さんも「オランダ紀行」の中で触れているのだが、実際に目にするまで本当に絵にあるように、しっぽをつまんで食べるのかどうか半信半疑だった。が、ライデンの町の屋台を訪ねたとき、その疑念は一瞬にして消え去った。

  老弱男女を問わず、市民たちがひっきりなしに屋台を訪れては生のニシンを買い、しっぽをつまんで上に向けた口の中にほうり込んでいるのである。薬味は刻んだタマネギだけである。カメラを向けると、誰もが快く撮影に応じてくれた。

  「これがオランダの本当の味だよ」といって、かじりかけのニシンを振って見せる人がいる。「日本でも魚は生で食べるんだろう。」などと、親しげに話しかけてくるひともいる。たとえ女性であっても、恥ずかしげにカメラから逃げたりはしない。「最高においしいです」と言って、うれしそうにしている。物腰がおおらかで飾らないオランダ人の人柄が,よく表されている光景といえる。

  「ニシンとライデンのかかわりを知っていますか?」と訊ねると、一人がすぐに答えてくれた。「ええ、ライデンの解放のときのことでしょう。この町が包囲されて、みんな飢え死にしそうになったとき、救援隊がニシンと白パンを運んできて、市民は救われたんです。今でも毎年3月3日には、そのことを祝ってニシンと白パンを食べる祭りが、この町にはあるんです。」そういって再びニシンをほおばった。

  「オランダはニシンが興した国」と司馬さんは書いているが、北海で獲れるニシンは中世以来オランダの主要な産物として、外貨の獲得に役立ってきた。そういう点でオランダとニシンは深い縁があるが、その中でも特にライデンではこの魚によって飢えを癒されたということで特別な意味合いを持つ食べ物となっているといえるだろう。


 

知らない町の探検隊

 投稿者:ぴろりん  投稿日:2017年 4月15日(土)13時13分8秒
編集済
  今年の桜はとっても美しくて
しかも長く楽しめますね。

昨日のムジカおさらぎの練習でも
練習会場に通う道々で、たくさんの美しい!に出会えました。

会場エントランスから下を覗くと
こんな風景が・・・

   

写真ではよくわかりませんが、このスペース一面に水が張られています。

子供の遊び場かな??と思って目を凝らすと
【ここはプールではありません】と看板が立っていました。

では何のための施設でしょう?
防災施設?
それとも・・
看板にはもっと何か書かれていましたが、ううむ残念!
私には読めませんでした。

双眼鏡が必要?
それともお散歩方々、下の歩道に下りて看板を読みましょうか?

次に練習がこのホールである日には
「遠いから」とか「乗り換えが面倒だから」などと文句を言わずに
ワクワクしながら出かけられそうです。

知らない町の知らないことを見つける喜び

ムジカおさらぎの練習

 ↑ こちらをクリックして、私の見つけた風景をご一緒に楽しんで覧いただけたらうれしいです。
探検隊の仲間になっていただけたら、もっとうれしいです♪
 

ふるさとの四季豆知識②

 投稿者:肖像君  投稿日:2017年 4月11日(火)19時03分7秒
  「朧月夜」の鐘とは。高野辰之さんは、小学校教師時代、飯山市に下宿していました。隣村の高野辰之の生家の近くにある真宝寺の鐘だと言われ、そこには、案内板が立っているそうです。
 

ふるさとの四季豆知識①

 投稿者:肖像君  投稿日:2017年 4月11日(火)18時41分14秒
  「春の小川」作詞者高野辰之(林 柳波 改作)とありますが、これは、はじめ、大正元年12月高野さんが作詞して、「尋常小学唱歌四」に載っています。その時は文語体で「はるのおがわはさらさら流る」とか 「咲けよ咲けよとささやく如く」と歌われていました。しかし、文語体では、小学生には、難しいという事で、昭和17年3月に、林さんが今のように、口語体になおし、初等科音楽一に収録されたのです。なお、高野さんは明治42年頃、代々木に住んでいてその散歩コースに河骨川という川があり、これが「春の小川」のモデルになっていると言われています。なお、この川は、東京オリンピックの時、選手村建設のため、今は暗渠になっているそうです。

 

シブスト様へ

 投稿者:やっとこ  投稿日:2017年 4月11日(火)16時06分34秒
  おもちゃのマーチのやっとこでございます。

寒い日に早起きして雪の写真撮影。桜が見ごろと思えば京都まででも厭わずお出かけ。
この身軽さ。フットワークの良さ。
同じ年代とは信じがたき行動力に敬服しております

ならば私もと発奮して、教えていただいたURLから写真館訪問するも
なぜか思うような場所に行き着けず、
ままよと力任せにあちこちを弄り回すと突然の大音量と共にスライドショーが始まり
おろおろしながらミュートの位置を探し出し無事にダウン。

ダウンしたのは我が気力。
これではならぬと早寝を決め込み、鬱々と眠れぬ夜を深酒で紛らせ
睡眠不足の空ろな頭を朝風呂ですっきりさせてと起き出せば外は雨。
明日があるさと観念して風呂掃除でもしますか。

いつも楽しい写真の数々。
深謝いたします。
 

京都の桜

 投稿者:シブスト  投稿日:2017年 4月 9日(日)15時52分59秒
   金曜、土曜に京都に行きました。今年の西日本の桜は、可成り遅れましたが、京都では漸く満開になりました。小雨の中あちこち廻って花見と撮影をしてきました。ご多分にもれす観光客、特に外国人が多くて撮影には苦労しました。こちらに帰るとこちらも満開で、家の窓から借景の桜並木を楽しんでいます。
下のURLをブラウザーにコピーして開くとブログで多くの写真を見られます。
ブログでは〈ここをクリックしてください〉をクリックして、ニコン イメージスペースに入って見ることになります。

http://tnk125.blog.fc2.com/

 

追想の弘明寺観音と大岡川の桜

 投稿者:YURA  投稿日:2017年 4月 5日(水)15時17分54秒
編集済
    今を去ること80数年の昔私の10歳頃のこと、私共の一家は横浜南部にあった市電の終点弘明寺の付近に住んでいた。

  毎年4月8日には古刹弘明寺観音では満開の桜の花の下花祭りが催され、花御堂の中に小さなお釈迦様が安置され、小さな両手の指を上下に指し、信者たちから甘茶を振りかけられていた。甘茶は一般の人にも振る舞われ、私など母から言いつけられ小さな瓶にもらい受けたが、薬草の味が濃くあまりうまいものではなかった。

  当時私共の住まいは大岡川のすぐ傍らにあり、普段はガキ共の格好の遊び場になっていた。川の両岸には遥か彼方まで続く年老いた桜並木があって、毎年4月初めになるとその花が満開となり、待ちかねた花見客で大賑わいとなる。並木の下には焼き鳥やお好み焼きの屋台が軒を連ね、また花見の人達が茣蓙を敷き、ご馳走を前に酒やビールを酌み交わす光景が随所に見られた。

  そんな中で、今なお網膜に焼き付いて忘れない光景があった。大道りをその筋の人と見受けられる中年の女性が着飾った着物(俳句の世界では花衣-はなごろもという)をしどけなく着て、ふらつく足もとに両側から男性に支えられて歩く姿に、小さな子供として異様に映ったものらしい。

  以上往時を偲びながら申し述べた次第である。

 

更新しました

 投稿者:HP委員会  投稿日:2017年 4月 3日(月)21時04分42秒
  歌のサロンのページを更新しました。

3月の歌のサロンは、サクソホーン奏者中村均一さんピアニスト脇谷敦子さんを
ゲストに迎えての楽しいコンサートでした。

サクソホーン演奏 新世界より「家路」ピアノ演奏「リラの花」など
動画でお楽しみください。

ココをクリックしてください。
 

春満載

 投稿者:やっとこ  投稿日:2017年 3月26日(日)17時01分26秒
  朝寝朝酒朝風呂掃除三昧の日常を驀進中のやっとこでございます。

この所、気の滅入るような事件や事故が多く、
昔懐かしいシャンソンや唱歌、歌えなさそうで歌えそうなレクイエムを楽しめるムジカおさらぎは
私にとってオアシスのような存在となっております。

また、ちっとも進展が見られない写真撮影。
諦めないのが身上。
諦めさえしなければ何とかなる。
わが身を叱咤激励しながら、挫折と遂行を繰り返す日々。

私はシブストさんの写真集
「四季の鎌倉散歩」から、その季節の花と花が似合う場所を参考にしています。
春を目いっぱい楽しむために皆さまもぜひご活用なさる事をお勧めします。

ちなみに「四季の鎌倉散歩」は、ムジカおさらぎのホームページ
「パンドラの箱」の中に収められております。

どうやら明日は晴れるようです。
カメラ片手に出かけてみますかな。
 

摩訶不思議な霊の世界

 投稿者:YURA  投稿日:2017年 3月24日(金)14時18分13秒
    文明開化の極みに至らんとする今日、科学の粋をもってしてもなお解明し得ない事象のあることは否定出来ないと思われます。

  その一つに霊の世界が挙げられる。幽霊の存在はいろいろの人の伝聞とか、書物にも古くから記述されているように、実際に存在していると信じられている。ある人の体験談〈私も本人から直接聞いている〉によると、その幽霊は300年以上古い武家屋敷に住んでいて、その人が深夜熟睡中身体の上にのしかかる物体があるという。他に何人かも経験しているとのこと。

  また妖怪変化(ようかいへんげ)の存在も、以前紹介した司馬遼太郎によると山奥の古いお寺に千数百年以前から住みついていて、泊り客があると時々現れて悪さをすると、随筆集に述べられていた。

  以前新聞の投稿欄に載っていた記事に、前の戦争中に戦死した男の幻影〈亡霊〉が自宅に現れたのを、母親も妹もはっきり目撃したという。

  さらに昔から語り継がれているように、人魂の存在も否定し得ない。これも戦争中、中国に駐屯中のわが中隊の分遣小隊が討伐作戦中、小隊長以下3名が戦死しその遺体を埋葬した。その夜歩哨が立哨中3つの人魂が西方〈日本の方〉へ向かって飛んでいく光景をしかと目にしたと報告している。

  仏教の世界には「輪廻転生(りんねてんせい)」という言葉が言い伝えられている。辞書によると「生まれては死にまた世に生まれ迷うこといつまでも繰り返すこと」となっている。人は人体は亡んでも、魂は人間に限らず、他の動物にかに生まれ変わるといわれている。これを別の言葉で「霊魂不滅」とも表現されている。〈私はこの説に傾きかけている〉

  先の戦争中私の次兄が中国で戦死したが、その何回忌かの法要が自宅で営まれた。私が偶々玄関に立ちふと見るとたたきの上に40センチほどの小さな蛇が這っている。あたかも蛇に転生した兄が自分も参列したいと訴えているかの如くで、哀れに思えてならなかった。

  話は一転して、長年ロンドンに住んでいて、イギリスに関する随筆集を多数出している人が、その一節に「イギリスの知識人で心霊研究にはまった人は数多い。例えば「名探偵シャーロック、ホームズ」の生みの親コナン、ドイルも、晩年は心霊や超自然現象に没頭したといわれる、と何かの本で読んだ。

  以上いささか気味の悪い話で恐縮ながら、世の中には不思議な事象が実在することを申し述べた次第であります。

追話:先頃読んだある随筆集のなかにあった一節
  クリスチャンの一家は夫婦と成年の姉妹からなっていた。その姉がなにかの病気で急に亡くなったが、生前から自分の結婚式にはピンクのウエディングドレスを着たいと熱望していた。葬儀も終わり納骨せんとした瞬間のこと、ピンクのウエディングドレスをひるがえしながら笑顔を浮かべて天高く舞い上る姿がはっきり見えたという。





 

写真展のお知らせ

 投稿者:シブスト  投稿日:2017年 3月22日(水)10時18分48秒
  私が所属する湘南写友クラブの写真展が、下記の通り開催されます。お時間があればご覧ください。
会期:3月28日(火)~4月3日(月) 午前10時(初日12時)~午後5時(最終日3時)
会場:鎌倉学習センター 地下市民ギャラリー C,D室  (隣のA,Bも別の写真展)

会期中の31日(金)のムジカの練習は「さくらホール」ですが、28日(火)の「響き」の後にでもご覧頂ければ幸いです。
 

不良老人たちの溜息(卒サラ川柳)

 投稿者:YURA  投稿日:2017年 3月10日(金)13時55分46秒
    先日近所の図書館で偶々見出した、標題の本の中から傑作と思われる二題の川柳があり、その解説も妙を得ているので以下にご紹介いたします。

        優先席 酔って老婆に ゆずられる

  友人と酒を飲み帰途地下鉄に乗った。優先席に近付くと、掛けていた老婦人が立って「どうぞ」という。私より年上に見えるし、頼りない様子なのかなと当惑して辞退したが、さらに勧められたので掛けさせてもらった。間をおいて隣の若年寄りが立って何処かへ消えたので老婦人が腰かけた。「有難うございました。飲みすぎて面目ありません」と礼を述べると、「男の方はいつまでもお付き合いがあって羨ましいです」という。話し相手がなくて淋しいのかな、という気がして四方山話(よもやまばなし)をした。

         老妻を 騙(だま)したつもり すぐ馬脚

  浮気不倫、夫と妻でどちらが足が付きやすいのか。そのような統計があるとは思えないが、それは圧倒的に夫の方に分(ぶ)がないだろう。
  ケンブリッチ大学のバロン教授の著書「共感する女脳、システム化する男脳」の中で、女性は他の人が何を感じ、考えているかを知り、それに反応する能力に優れている。一方男性は自然や人工のシステムを分析し、それから何かを構築していく能力に優れていると説いている。日常生活を振り返って全くその通?だと実感する。
  女性は俗にいう「勘」が働くのだ。ましてやほかの人がほかなら夫であれば、その優れた能力は遺憾なく集中して発揮される。
もって生まれた脳の構造が違うのだから、観念する以外に道は無いと思った方が良い。

追記:いつも見ていて感心するのは、ジプストさんの四季折々の花とか風景の、それも時にかなり遠くへ出かけたものもあり、ほとほと楽しく拝見させていただいております。



 

みぃちゃんへ

 投稿者:ぴろりん  投稿日:2017年 3月 8日(水)13時17分42秒
  東京大空襲
あなたからはじめて聞いた東京大空襲のこと
戦火にあわれたご家族のこと

寡黙なみぃちゃんが言葉を捜すようにしながら
ポツンポツンと話す様子
時々微笑んでさえいたっけ

行ったり来たりしながらの思い出話し
私も一緒に追いかけながら・・
仲良しになれたことがうれしかった

   

一緒に積んだ思い出の花
一緒に飾った花かご

小さな言葉の数々が
一緒に過ごした日々が
つながって
ふくらんで
溢れるほどいっぱいになりました

紡がれた思い出の数々
あちらのみなさんにお届けする日まで
たくさん
もっとたくさん
増えますように
           祈り
 

雪の裏磐梯

 投稿者:シブスト  投稿日:2017年 3月 5日(日)21時26分7秒
  冬の裏磐梯は滅多に晴天の日が無いのだが、珍しく2日続けて晴天でした。贅沢を言えば雪の日も欲しかったのですが。  

御礼

 投稿者:高須亜紀子  投稿日:2017年 3月 4日(土)15時32分51秒
編集済
  この度、ムジカの皆様から元気の出るお花をお送り頂きました。
本当にありがとうございます。家族揃って感謝しております。

つい先日、実両親を相次いで亡くしました。
1月23日の夜中に、母が風呂で意識を失って亡くなり、
1月25日の夜に、駆けつけた姉夫婦と私達家族と一緒に夕食を食べている時に、父が食べ物を喉に詰まらせ亡くなりました。

のこされた姉と私、そしてそれぞれの家族はただ呆然とするばかりですが、両親はほぼ一緒に旅立つ事が出来て良かったのかもしれません。実家が三軒おいた隣同士の幼馴染、もしかしたら母が父を引っ張ったのかもしれないと思っております。

これから暫くの間、遺品整理などで走り回る生活となりますが、ムジカの皆様から頂いたお花から元気を貰って、今までと同じ様にピアノを弾き続けます。どうぞ宜しくお願い申し上げます。
 

更新しました

 投稿者:HP委員会  投稿日:2017年 3月 4日(土)14時39分44秒
編集済
  2月の歌のサロンはゲストに2人の若い男性をお迎えしました。

トロンボーン演奏 佐々木匡史さん
ピアノ演奏    矢島吹渉樹さんです。

アルバム・スライドショーは会場の皆さまの歌声を載せてあります。
トロンボーン演奏、ピアノ演奏、ソプラノ独唱は動画でお楽しみください。
ココをクリックするとご覧になれます。


 

差別

 投稿者:YURA  投稿日:2017年 2月23日(木)13時24分44秒
   有名な作家の司馬遼太郎の随筆集「風塵抄」の中に標題の一章があり、興味を覚えたので以下にご紹介いたします。長い文章なので要点のみ抽出して記します。

  差別ほどうすぎたないものはない。よほど自己に自信がないか、あるいは自我の確立が出来ていないか、どちらかにちがいない。

  「ヨーロッパに20年も住んでいますが、家族をふくめて差別を受けたという感じを一瞬も持ったことがありません」。ホテルの支配人〈日本人〉がいった。「むろんヨーロッパ人は内心の奥の奥で、私を黄色いやつだと思っているかも知れません、なにしろヨーロッパ人は人種優越感情〈レーシズム〉の本家だったんですから」とその人はいう。
  「それが今は片鱗も見せないんです。教育のおかげというほかはありません。オランダでは小学校に入ると、徹底的に差別否定教育をやるんです」。
  アムステルダムの日系ホテルのロビーの一隅でそんな話を聞いたとき、ヨーロッパは今も文明の先頭にいると悔しいがそう思った。

  二年前ロンドンのヒースロー空港に着いたとき、間違ってインドに来たのではないか思ったほどに、インド人やパキスタン人が多かった。第2次大戦後、英国がかっての植民地を解体してゆく都度、それらを引き取った結果である。
  かって植民地をもっていたオランダも同じで、アムステルダムの人口の60パーセントは有色人だという。
  「彼らはオランダ国民なんです。オランダには国民という一種類しかありません」とオランダでは小学一年生から教え続ける。そうせねば一つには将来内乱が起こるという恐怖もあるのではないか。
  むろん行く末選挙によって彼らが政治を行うようになってもいいという見定めまである。世は変わったのである。

余談:本文中に述べられているアムステルダムの日系ホテルは「ホテル オオクラ」と思われるが、私は以前ヨーロッパ一巡の出張の折何回か同ホテルに泊まったことがある。その朝食のメニューに洋食と和食を選択できるとある。私は迷いなく和食を依頼。味噌汁に鯵の干物などが添えられていて、それまでの洋食攻め(?)に音を上げていた時から、懐かしい日本の味を心ゆくまで堪能させていただいた。
 

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