投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


 投稿者:蛍雪時代  投稿日:2017年 5月27日(土)08時40分22秒
  蛍は何故か、ドクダミの花が咲くと飛び始めるようです。
昨日(5月26日)も、練習を終えて、家に帰り、庭仕事をしていたら、雑草の中のドクダミに花が咲き始めていたので、夜、近くの逆川に見に行きましたら、飛んでいました。
来週末までが見頃だと思います。 皆様も、ご近所で探してみて下さい。
鎌倉は、まだ、このようなところが残されていて幸せです。

註:逆川(さかさがわ=滑川の支流)は、鎌倉市大町で、一部分、南から北へ、本流とは逆に流れている部分があるので、このような名がついています。
 

変わりゆくスペイン

 投稿者:YURA  投稿日:2017年 5月26日(金)13時42分1秒
  先日読んだ、20数人による「それぞれのスペイン」という随筆集の中にあった、スペイン語、ポルトガル語の通訳、翻訳家の丸山恵子さんによる掲題の一編の中に記されたスペイン人の驚嘆すべき食欲ぶりに興味をそそられたので、途中からではありますが、さわりの部分を以下にご紹介いたします。

  私たちおとなは夕食に招待されることが多く、まだ日本人の女の子が今と比べて格段に少なく、物珍しさゆえに呼ばれる機会がたくさんあったものだから、ついつい夕食もばっちりとしかも夜10時頃から食べるし、この人たちのフルコースの料理の食べ方というと尋常ではない。まず腸詰やハム、オリーブの実などのおつまみがアペリティフのお酒と共にあらわれて、ころをみはからってスープやサラダやパスタ類が出てくるがこの量もひととうりのものではない。日本のレスでぃトランのたっぷり二倍はある。フランスパンはふんだんにスープやサラダとともに出てくるのに加えて、私の得意なパエーリャは単なる魚や肉のメインディシュの前座に過dぎないのだから参ってしまう。食べないと沈黙しているときと同じように「どうしたの、どこか悪いの。気分でもよくないの」と責め立てるので、他人を喜ばせるのを生きがいとする私は、ひたすら料理をつくった人々をがっかりさせないために食べまくってしまうのであった。

  そのあと、さいわいなことにアメリカなどと違って巨大なケーキはあまり出現しはしないのだが、果物が出てたっぷりワインを飲んだあと、ブランディーやコーヒーと共にチーズやチョコレートボンボンが出されて、男どもはブランディグラスを片手に葉巻をくゆらせ始めるのである。このようなわけで、一ヵ月に確実に一キロは体重が増えていった。つまり九カ月程度の滞在できっかり九キロ増えてしまったである。

  これは脅威以外の何物でなかった。もともと留学を短期間で切り上げたのも、これ以上いると、スペインの深みに足をとられて抜けられなくなるのでないかという恐れと、着るものが無くなってしまうという物理的理由によるものであった。〈以下省略〉

余談:10数年以前,家内同伴でスぺインを旅した時、夕食に供されたパエーリャに落胆,ペチャペチャの味で、格安のツアーの故と大いに情けなくなった。
 

三木稔の音楽

 投稿者:ヘ音記号  投稿日:2017年 5月25日(木)14時10分51秒
  今年は三木稔没後5年になる。彼の音楽を偲ぶ演奏会があった。それは三木氏創設による日本音楽集団第221回定期演奏会 (豊洲文化センターホール24日 )集まった三木稔フアンと、当日演奏の日本音楽集団メンバーの心が一つになった演奏会であった。

三木稔はなんといっても日本の創作オペラの第一人者。1975年に初演された「春琴抄」から2006年の「愛怨」まで、数多くのオペラを手掛けている。なかでも、1993年に鎌倉芸術館の杮落しで初演された「静と義経」など、懐かしく思い出される。台本は、なかにし礼で、3幕構成の充実したオペラであった。これは是非再演してほしい。静役は塩田美奈子と、宇佐美瑠璃が2日ずつ歌い分けていた。義経役は錦織健が全日歌い通した。しかも、我がムジカから合唱団に加わって活躍されたNさんが当時のプログラムに名記されている。そんな縁があってか、過去の鎌倉合唱連盟定期演奏会の講師として、三木稔氏から各団の演奏講評を頂いたこともあった。

ところで、上記24日の演奏会では三木氏以外にも、氏の影響を受けた作曲家三人の新曲が紹介された。例えば、アメリカ人、ドナルド・リード・ウォマックの「Three Trees 三木」は文字通り三木氏を三本の木に例え、第一楽章は生命の木として、再生力の強い桐材を使用した筝が主になる。第二楽章はきらめき揺れる竹林を表す尺八がアンサンブルの中心になる。そして第三楽章は堅木、すなわち硬い木を意味する琵琶の独奏に始まり、クライマックスの後、霧のように静かに終わる。ソロ奏者以外には尺八3人、二十絃筝3人、十七絃筝1人、三味線と打楽器2人といったグループに作曲者自身の指揮であった。

三木氏作曲の2曲は最初と最後に演奏された。一曲目の「二つの牧歌」では、横笛1名と打楽器2名で演奏。横笛は前半篠笛、後半能管と持ち替え。冒頭、笛と小つづみの強奏が勢いよく山里の朝を告げる。さらに、広い山裾の明るい一日が、若々しく太鼓や締太鼓で表現される。最後に演奏された曲のタイトルは「凸」。ここでは、奏者が三つのグループに分かれて演奏。舞台の左から高音尺八、十三絃筝、太棹三味線。中央に横笛、二十絃筝、琵琶。右に低音尺八、太棹三味線、十七絃筝と配置される。後ろ中央には日本太鼓が控える。こうして、演奏が左、右、中央と移り変わり、リズムも沸き立つ。曲の終りに近く、勢いよく打ち鳴らされる太鼓のリズムが腹に響いてくる。このように、見ても聴いても面白い演奏であった。このように、じっくり聴いた三木稔の音楽は我々の心にしっかりと息づいているのを感じた。
 

知っているハズの町探検隊(鎌倉編)

 投稿者:ぴろりん  投稿日:2017年 5月15日(月)00時58分31秒
  お散歩日和が続きます。
テクテクテク
お買い物ついでに筋トレを兼ねて町歩きを楽しんでいます。

鎌倉市街中央部を流れる滑川
川の流れがグィッとカーブしている場所。

かつては幅の広い中州が出来ていましたが
特にここ数年は津波や洪水対策と称して川の管理が厳しくなり
中州が出来てもすぐに修復されています。

以前は、この中州ではカメの日向ぼっこや産卵の様子を見ることができて
楽しみにしていたものです。

夏めいた日が続いて橋の上から中州辺りを見ると狭い中州にカメが戻ってきていました。

   

ただいま!
首をグィッと伸ばして辺りを見回しています。
お散歩がずっと楽しくなりました。

みなさんの周りにも見ているようで見ていない風景がたくさんあると思います。
見つけたらぜひ教えてください。

鎌倉探検隊
お散歩がもっと楽しくなりますように・・それからお買い物も♪
 

「食は命なり、運命なり」

 投稿者:YURA  投稿日:2017年 5月11日(木)13時29分2秒
編集済
   私が先頃読んだ「こころ揺さぶる、あのひと言」という、各界の著名な人達になる随筆集の中から、特に感銘を受けた掲題の内容を一部ながら以下にご紹介します。なお著者は医学博士、管理栄養士の本多京子さんです。

  「食は命なり、運命なり」。私の生き方の座標軸になるのがこの言葉です。

  この言葉に出会ったのは、二十代半ば、栄養計算の帳尻合わせで献立を作成することに魅力を感じることが出来ず、自分の立ち位置もここではないと悩んでいた頃でした。

  その時、恩師の勧めで読んだ江戸中期の「観相学」の大家、水野南北の著書に「運命の吉凶禍福はみな食べ物に由来する」とあり、茶をふるまい、食事を共にして心を見抜き、運命判断をしたとありました。

  さらに、フランスのブリア・サヴァランが著した歴史に残る名著「美味礼賛」の中にも、「あなたが毎日どんなものを食べているか聞かせてほしい。そうすれば私は、あなたがどんな人かズバリと当てて見せよう」というのがあり、私も「食占い」の専門家を目指そうかと思ったものでした。


  私たちは、人生八十年としておよそ八万七六○○食・・食べることで命を支えています。約六〇兆個の体細胞の材料はすべて食べ物から、そして生命活動や精神活動のエネルギーもすべて食べ物から得ています。そのため中国最古の薬学書といわれる「神農本草経」には、命を養う不老長寿食は上薬、体を養う養生食は中薬、病を治す治療薬は下薬とあり、食べ物が病気を治す薬より上位に分類されていました。〈以下省略〉

追記:これを読むと、私共が毎日三度三度何気なく食べている食事がいかに大切かと思い知らされ、十分吟味して摂取しなければならいとの思いを深くする次第であります。

 

GWはラ・フォル・ジュルネで・・・

 投稿者:ヘ音記号  投稿日:2017年 5月 6日(土)13時41分48秒
  今年のGWは残り1日。どうお過ごしでしょうか ?
今、東京国際フォーラムで開催中のラ・フォル・ジュルネには、5日に行ってきました。今年のテーマはラ・ダンス、舞曲の祭典と銘打って、3日間で350公演。5000席のAホールから153席のGホールまであり、その中で1492席のCホールが行ったところです。公演内容は、ローザンヌ声楽アンサンブル演奏によるブラームスの「2つのモテットop.74」「愛の歌ーワルツop.52」「運命の歌op.54」でした。これは絶対聞き逃すわけにはいきません。結果は期待どおりでした。

毎年評判の音楽会なので、チケットはわざわざ国際フォーラムまで買いに行きました。満席を予想していたのですが、当日は、若干空席ありといったところでした。11時30分開演で12時20分まで、休憩なしでした。スケジュールを見ると、他の公演も1時間足らずで入れ替わります。そのせいか、アンコールなしでした。

ローザンヌ声楽アンサンブル (混声4部 30名 )は1961年にミシェル・コルボが創設した合唱団で古楽から現代曲まで、数多くの名演奏を残しています。現指揮者はダニエル・ロイスで、たいへん、きびきびしたスタイルの指揮者でした。

ア・カペラで歌われた1曲目で「何ゆえ悩む者に光が与えられたのか」と早くも透明感のある声が会場を包み込んでしまいます。「愛の歌」は原曲どおり、4手連弾の穏やかなピアノ伴奏に乗り、レントラー風の軽快なワルツで歌われます。18曲のワルツはどれも短く、恋愛の機微がおおらかに歌われます。テノールとバスだけとか、ソプラノとアルトだけの曲も・・・。中にはソプラノソロで「私のいのち、私の愛する人と」とか、テノールのみで「歩きまわるんじゃない、僕の光明よ」なども混じります。「運命の歌」の原曲はオケ伴ですが、やはりこれも4手連弾で演奏しました。初めに天上の世界の平和、続いて地上の人間の不安、ピアノだけの後奏と、静かに終わりました。

終演後はとてもいい気分で東京駅まで歩き、ゆっくり軽食をすませ、3時半に帰宅しました。たいへんよい一日でした。
 

知らなかった町の探検隊(鎌倉篇)

 投稿者:ぴろりん  投稿日:2017年 4月30日(日)17時02分17秒
編集済
  まだ間に合う
まだダイジョブに違いない!

フーセンさんからの情報に刺激を受けて
出かけた先は
わが町・・鎌倉・・段葛
お目当ては
お初もの八重咲のつつじ

花びらの先
ちょっと変色

元気な花びら達を探してパチリ
ズームを効かせてまたパチリ

   
花の真ん中に潜り込んだミツバチ
風が強くても、ここなら安心


  
見て!
私を見て!!

ゆぅらゆら
バラのような八重の花
強い風にゆられながら背伸びしていました。

見ているのに見えていないもの
たくさんありますね

花たちとたくさんおしゃべりをしてきました。

ムジカの練習風景4月28日号 ← よろしければこちらもご覧ください。
 

更新しました

 投稿者:HP委員会  投稿日:2017年 4月29日(土)17時09分59秒
  歌のサロンのページを更新しました。

4月の歌のサロンはクラリネット奏者磯部美保さん、
ピアニスト高須亜紀子さんをお迎えして開催されました。

動画、アルバム、スライドショーでお楽しみいただけます。

ここをクリックしてお楽しみください。
 

まだ間に合うかも・・・

 投稿者:フーセン  投稿日:2017年 4月27日(木)22時14分14秒
編集済
  鶴岡八幡宮の参道、段葛のつつじです。

初めて見ました。バラのような八重の花,
ピンク、薄紫色のかわいらしいつつじ、
まだ間に合うかもしれません。



 

知らない町の探検隊(戸塚編)

 投稿者:ぴろりん  投稿日:2017年 4月24日(月)00時01分49秒
  桜の季節も終わり
新緑の候となりました。
爽やかなお出かけ日和が続きますが
皆様いかがお過ごしですか?

先日のムジカおさらぎの練習日も
気持ちの良い一日でしたね。

見知らぬ町の見知らぬ所。
アッチを眺め
コッチを見上げ
私はオノボリサン丸出しで探検をしました。

駅からホールのある連絡通路
見下ろすと車道に沿って植え込み。
通路の側を車がビュンビュン飛ばして通っています。

   

歩道を歩く人も少なくて
二階の連絡通路が歩道のような構造になっています。

私ははじめの頃
*ホームからエレベーターを下りに乗ったらダメ*
*エレベーターは上りに乗るのよ*
呪文のように唱えていても迷子になりました。

慣れで歩いたらダメ
その度に反省したものです

慣れで歌ったらダメ
ムジカの練習でも同じようにご注意を受けて
アレレ・・レ??
同じように反省しています。

反省してもすぐ忘れる
忘れん坊の名人にもなりました。
・・・昔は物忘れをしなかったような顔をして ♪(@^▽^@)♪

ムジカの練習風景4月21日号 ← よろしければこちらもご覧ください。
 

ふるさとの四季豆知識④

 投稿者:肖像君  投稿日:2017年 4月21日(金)14時25分2秒
  「冬景色」さ霧のさは接頭語。「小春日」とは、中国から来た言葉。約1400年前の荊楚歳時 記に、10月頃、天気和暖にして春に似たり。故に小春日という。今の11月~12月の頃  「雪」の雪やこんことは池田弥三郎によると、「雪や来う、来う」と書き「もっと、降って来い」という意味とか   

ふるさとの四季豆知識③

 投稿者:肖像君  投稿日:2017年 4月21日(金)14時04分0秒
編集済
  茶摘み 八十八夜 とは 立春から数えて88日目、5月2日頃、今はもっと早く摘むが、昭和30年代(1955~1964)は、茶摘みは八十八夜と決まっていた。 「あかねたすき」あかねと言うツル性の植物からとった染料で染める(暗赤色)                  「夏は来ぬ」卯の花とはウツギの花。忍び音とは旧暦4月、今の5月のホトトギスの初音をさす。「さみだれ」陰暦5月に降る雨のこと。早乙女の早は接頭語(稲の意)陰暦5月に田植えをする女。裳裾とは衣装の裾の事。玉苗とは早苗       「われは海の子」とまやとは芦で屋根を葺いた粗末な小屋の事  

生ニシンの屋台

 投稿者:YURA  投稿日:2017年 4月19日(水)13時34分20秒
    先頃読んだ「司馬遼太郎の風景」を題名とする随筆集にもとずき、NHKの「オランダ紀行」と称する取材班が行った、司馬遼太郎の足跡をたどる紀行文の中に、一寸興味を惹かれる標題の一章があったので、以下に記してみます。

  春になるとオランダでは、その年の初物のニシンを生で食べさせる屋台が出る。ライデン開放の日から100年の歳月を経た今日でも、オランダの人々はニシンのしっぽをつまんで、生のままたべるという。

  この話は有名で、司馬さんも「オランダ紀行」の中で触れているのだが、実際に目にするまで本当に絵にあるように、しっぽをつまんで食べるのかどうか半信半疑だった。が、ライデンの町の屋台を訪ねたとき、その疑念は一瞬にして消え去った。

  老弱男女を問わず、市民たちがひっきりなしに屋台を訪れては生のニシンを買い、しっぽをつまんで上に向けた口の中にほうり込んでいるのである。薬味は刻んだタマネギだけである。カメラを向けると、誰もが快く撮影に応じてくれた。

  「これがオランダの本当の味だよ」といって、かじりかけのニシンを振って見せる人がいる。「日本でも魚は生で食べるんだろう。」などと、親しげに話しかけてくるひともいる。たとえ女性であっても、恥ずかしげにカメラから逃げたりはしない。「最高においしいです」と言って、うれしそうにしている。物腰がおおらかで飾らないオランダ人の人柄が,よく表されている光景といえる。

  「ニシンとライデンのかかわりを知っていますか?」と訊ねると、一人がすぐに答えてくれた。「ええ、ライデンの解放のときのことでしょう。この町が包囲されて、みんな飢え死にしそうになったとき、救援隊がニシンと白パンを運んできて、市民は救われたんです。今でも毎年3月3日には、そのことを祝ってニシンと白パンを食べる祭りが、この町にはあるんです。」そういって再びニシンをほおばった。

  「オランダはニシンが興した国」と司馬さんは書いているが、北海で獲れるニシンは中世以来オランダの主要な産物として、外貨の獲得に役立ってきた。そういう点でオランダとニシンは深い縁があるが、その中でも特にライデンではこの魚によって飢えを癒されたということで特別な意味合いを持つ食べ物となっているといえるだろう。


 

知らない町の探検隊

 投稿者:ぴろりん  投稿日:2017年 4月15日(土)13時13分8秒
編集済
  今年の桜はとっても美しくて
しかも長く楽しめますね。

昨日のムジカおさらぎの練習でも
練習会場に通う道々で、たくさんの美しい!に出会えました。

会場エントランスから下を覗くと
こんな風景が・・・

   

写真ではよくわかりませんが、このスペース一面に水が張られています。

子供の遊び場かな??と思って目を凝らすと
【ここはプールではありません】と看板が立っていました。

では何のための施設でしょう?
防災施設?
それとも・・
看板にはもっと何か書かれていましたが、ううむ残念!
私には読めませんでした。

双眼鏡が必要?
それともお散歩方々、下の歩道に下りて看板を読みましょうか?

次に練習がこのホールである日には
「遠いから」とか「乗り換えが面倒だから」などと文句を言わずに
ワクワクしながら出かけられそうです。

知らない町の知らないことを見つける喜び

ムジカおさらぎの練習

 ↑ こちらをクリックして、私の見つけた風景をご一緒に楽しんで覧いただけたらうれしいです。
探検隊の仲間になっていただけたら、もっとうれしいです♪
 

ふるさとの四季豆知識②

 投稿者:肖像君  投稿日:2017年 4月11日(火)19時03分7秒
  「朧月夜」の鐘とは。高野辰之さんは、小学校教師時代、飯山市に下宿していました。隣村の高野辰之の生家の近くにある真宝寺の鐘だと言われ、そこには、案内板が立っているそうです。
 

ふるさとの四季豆知識①

 投稿者:肖像君  投稿日:2017年 4月11日(火)18時41分14秒
  「春の小川」作詞者高野辰之(林 柳波 改作)とありますが、これは、はじめ、大正元年12月高野さんが作詞して、「尋常小学唱歌四」に載っています。その時は文語体で「はるのおがわはさらさら流る」とか 「咲けよ咲けよとささやく如く」と歌われていました。しかし、文語体では、小学生には、難しいという事で、昭和17年3月に、林さんが今のように、口語体になおし、初等科音楽一に収録されたのです。なお、高野さんは明治42年頃、代々木に住んでいてその散歩コースに河骨川という川があり、これが「春の小川」のモデルになっていると言われています。なお、この川は、東京オリンピックの時、選手村建設のため、今は暗渠になっているそうです。

 

シブスト様へ

 投稿者:やっとこ  投稿日:2017年 4月11日(火)16時06分34秒
  おもちゃのマーチのやっとこでございます。

寒い日に早起きして雪の写真撮影。桜が見ごろと思えば京都まででも厭わずお出かけ。
この身軽さ。フットワークの良さ。
同じ年代とは信じがたき行動力に敬服しております

ならば私もと発奮して、教えていただいたURLから写真館訪問するも
なぜか思うような場所に行き着けず、
ままよと力任せにあちこちを弄り回すと突然の大音量と共にスライドショーが始まり
おろおろしながらミュートの位置を探し出し無事にダウン。

ダウンしたのは我が気力。
これではならぬと早寝を決め込み、鬱々と眠れぬ夜を深酒で紛らせ
睡眠不足の空ろな頭を朝風呂ですっきりさせてと起き出せば外は雨。
明日があるさと観念して風呂掃除でもしますか。

いつも楽しい写真の数々。
深謝いたします。
 

京都の桜

 投稿者:シブスト  投稿日:2017年 4月 9日(日)15時52分59秒
   金曜、土曜に京都に行きました。今年の西日本の桜は、可成り遅れましたが、京都では漸く満開になりました。小雨の中あちこち廻って花見と撮影をしてきました。ご多分にもれす観光客、特に外国人が多くて撮影には苦労しました。こちらに帰るとこちらも満開で、家の窓から借景の桜並木を楽しんでいます。
下のURLをブラウザーにコピーして開くとブログで多くの写真を見られます。
ブログでは〈ここをクリックしてください〉をクリックして、ニコン イメージスペースに入って見ることになります。

http://tnk125.blog.fc2.com/

 

追想の弘明寺観音と大岡川の桜

 投稿者:YURA  投稿日:2017年 4月 5日(水)15時17分54秒
編集済
    今を去ること80数年の昔私の10歳頃のこと、私共の一家は横浜南部にあった市電の終点弘明寺の付近に住んでいた。

  毎年4月8日には古刹弘明寺観音では満開の桜の花の下花祭りが催され、花御堂の中に小さなお釈迦様が安置され、小さな両手の指を上下に指し、信者たちから甘茶を振りかけられていた。甘茶は一般の人にも振る舞われ、私など母から言いつけられ小さな瓶にもらい受けたが、薬草の味が濃くあまりうまいものではなかった。

  当時私共の住まいは大岡川のすぐ傍らにあり、普段はガキ共の格好の遊び場になっていた。川の両岸には遥か彼方まで続く年老いた桜並木があって、毎年4月初めになるとその花が満開となり、待ちかねた花見客で大賑わいとなる。並木の下には焼き鳥やお好み焼きの屋台が軒を連ね、また花見の人達が茣蓙を敷き、ご馳走を前に酒やビールを酌み交わす光景が随所に見られた。

  そんな中で、今なお網膜に焼き付いて忘れない光景があった。大道りをその筋の人と見受けられる中年の女性が着飾った着物(俳句の世界では花衣-はなごろもという)をしどけなく着て、ふらつく足もとに両側から男性に支えられて歩く姿に、小さな子供として異様に映ったものらしい。

  以上往時を偲びながら申し述べた次第である。

 

更新しました

 投稿者:HP委員会  投稿日:2017年 4月 3日(月)21時04分42秒
  歌のサロンのページを更新しました。

3月の歌のサロンは、サクソホーン奏者中村均一さんピアニスト脇谷敦子さんを
ゲストに迎えての楽しいコンサートでした。

サクソホーン演奏 新世界より「家路」ピアノ演奏「リラの花」など
動画でお楽しみください。

ココをクリックしてください。
 

/129